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チラ見せ!「S-PULSE NEWS」S-PULSE PLAYER ―歴史を彩るオレンジ戦士たち【FW編①】

デジタルブック版「S-PULSE NEWS」2022年6月号 VOL.289に掲載された記事をチラ見せ!


2022シーズンにクラブ創設30周年を迎えるエスパルス。《オリジナル10》として、日本サッカー界を駆け抜けてきた30年―。「歓喜」「勇気」「希望」を我々に与えてくれた、忘れ得ぬオレンジ戦士たちをポジション別に振り返る。

文=望月文夫




 クラブ30年の歴史の中で、多くのゴールシーンが生まれた。時には豪快に蹴り込み、時には技ありで流し込むなど、ファン・サポーターに歓喜を呼び込んだFW陣を2回に分けて紹介する。FWにもさまざまなタイプがあるが、今回はポストプレーを中心に貢献してきたストライカーたちだ。

草創期の前線を託された男たち

 1992年Jリーグ初の公式戦となったナビスコカップ(現ルヴァンカップ)。日本リーグ(JSL)に前身クラブを持たないエスパルスは「選手層の薄さ」を心配されたが準優勝で終え、早々に強豪クラブの仲間入りを果たした。その立役者の一人が、『清水東三羽烏』の一人として名を馳せた長谷川健太だ。小学生時代から国内の頂点を経験している長谷川は、巧みなドリブルや勝者のメンタリティなどを武器に、翌93年からのリーグ戦でも上位争いに貢献した。


 当時のエメルソン レオン監督は「ボールを持ったらゴールに突き進め」と指示したが、ここには「早くボールを前線(FW)につなげ」という意味が含まれていた。勝つためには、時に中盤抜きで前線に展開することで、ゴールの可能性も高まる。その期待に応えた長谷川らへの信頼の戦術でもあった。


 長谷川はドーハの悲劇を経験したオフトジャパンなどで代表の常連。オレンジ軍団でも最年長として強いリーダーシップで若いチームをけん引した。96年のナビスコカップ優勝、99年にはクラブ初のステージ優勝にも貢献し、その年に現役を引退。テレビ解説者や大学チームの監督を経て、2005年からOBとして初のトップチーム監督を任された。


 その長谷川と同時期に活躍したのが、93年に初代チーム得点王に輝いたエドゥーだ。元ブラジル代表は、得点力を生かすために3トップの中央に位置すると13得点を量産。在籍1年だったが、ゴールを決めるとユニフォームのパンツに忍ばせた帽子を被るパフォーマンスなどで人気を集めた。


全文はエスパルスニュース2022年6月号に掲載。

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