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アプリ【期間限定無料公開】「身も心もボロボロになった世界大会、模索した“自分なりの勝ち方”」梅田透吾インタビュー 後編

アプリ【期間限定無料公開】「身も心もボロボロになった世界大会、模索した“自分なりの勝ち方”」梅田透吾インタビュー 後編
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10月24日~11月2日期間限定でプレミアム会員コンテンツの一部を無料公開! キャンペーンに伴い、ユーザーの皆様からご好評いただいた過去記事より、4月に掲載した梅田透吾選手のロングインタビューを再掲載いたします!

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~中学入学時は153センチ。“伸びしろ”で合格~

ジュニアユースからユースを経て、トップチームに昇格した生え抜きの選手である梅田透吾は、キャリアだけを見ればエリート街道を順風満帆に歩いてきたように見える。しかし、当の本人は「運良くプロになれただけ。運が良すぎて、ちょっと怖い(苦笑)」と口にする。そもそも当初は、エスパルスアカデミーに入るつもりはなかった。

幼稚園の年長からサッカーを始めた梅田は、小学4年生になると、自ら志願してGKを務めた。
「最初は遊びの中でGKをやっていたんですけど、4年生になると少年サッカーの公式戦があって、『誰がGKをやる?』ってなった時に、ドッヂボールが強かったからかな。それに、小学生の頃は足も速いほうだったし、クラスでリーダーシップを取るような“イケイケ”な子どもだったんですよ(笑)。だから、たぶん目立ちたかったんでしょうね。その頃から小手先は器用だったので、やれって言われたことは“できちゃってた”から、すぐに駿東のトレセンに選ばれたり、1学年上のチームに入るようになりました」

そして長泉アミーゴスのチームメイトの親から、エスパルスジュニアユースがセレクションを開催するという情報を聞いた。「透吾ならいけるって!」と強く勧められたが、気が乗らなかった梅田は受けようとしなかった。

「その頃は体が小さかったし、エスパルスのアカデミーなんてレベルが高くて絶対についていけないと思ったんです。それに、県トレセンに入ってるのにセレクションに落ちたら、ちょっと恥ずかしいじゃないですか(苦笑)。だから『行きたくない』ってずっと渋っていて……」

そうこうしている内に、セレクションの応募締切が過ぎてしまった。しかし、それから1週間ほどが経った時、ふと、後悔の念が梅田の心に湧き上がってきた。「なんか急に、やっぱり受けておけば良かったかなって思うようになって…ホント、俺のわがままなんですけど、お父さんに『やっぱり受けたい』って言って。そうしたら、お父さんは優しいから、『いいよ』と言って電話で交渉してくれて、受けさせてもらえることになったんです」

セレクションに行くと、やはり他の選手との体格差は明白だった。今でこそ身長は184センチまで伸びたものの、中学入学時は153センチしかなく、学校のクラスの中でも小柄なほうだった。それでも梅田は持ち前の技術を発揮し、最終選考の4次試験へ。最後はゲーム形式のテストだった。

ここでも“運”が梅田に味方した。留盛聖大(現HBO東京)が放ったシュートは、梅田が小さな体を目いっぱい伸ばしてギリギリ届く場所に飛んできた。「自分でも言っちゃいますけど(笑)、最後の最後ですごく良いセーブができたんですよ。あのセーブがなかったら、どうなっていたかは分からない」。セレクションは見事に合格。ただし、クラブからは将来性を見込まれての判断であるときっぱり告げられた。

「同じ学年には天野友心(現同志社大)がいて、彼は上手くて、強くて、体も大きくて、すべてがずば抜けていた。一方の俺は、今はまだ小さいけど、お父さんが182センチ、お母さんが163センチぐらいあるから、遺伝子的には伸びそうってことで、『今の実力ではなく、伸びしろに期待してるんだよ』と言われました。それは自分でも分かっていたし、入れてもらえて“ラッキー”って感じでした」

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~周りに“安心感”を与えることができる選手~

ジュニアユース時代は掛川誠GKコーチと出会い、GKの奥深さを知った。チーム内の序列としては天野の後を追う立場が続いたものの、梅田はコツコツと基礎技術を身につけていった。

「ジュニアユースの時は正直、天野友心がすごすぎて、全く勝てる気がしなかった。でも、不思議と試合に出られなくても楽しかったし、自分でも伸びたなって実感がありました。何より、掛川さんの教え方には衝撃を受けました。常に実戦に近い練習を考えてくださって、何か一つできることが増えるたびに、『あぁ、楽しいな』って素直に思えたんです」

天野とのライバル関係はユースに上がってからも続いた。一学年で2人のGKがユースに昇格したのはエスパルス史上初めてのことで、ここにも「運があった」と梅田は振り返る。身近に強力なライバルがいたことで、梅田は“自分なりの勝ち方”を模索した。それはプロになってからのレギュラー争いにもつながっている。

「俺には武器って言えるような武器はないんです。例えばネト(ヴォルピ)だったら、キックが正確に飛ぶし、体が大きくて強い。だけど俺は真反対。体は小さいし、キックは飛ばない。じゃあ、ネトにできなくて自分にできることは何か?と考えた時に、日本人同士のコミュニケーションは取れるから、ディフェンスラインの選手を動かすことができる。あとは、足元のちょっとした技術や駆け引きとか。身体能力を使わない土俵なら、少しは勝負できるのかなって思います」

アダウト氏は一つの例を挙げた。「例えばバックパスが来た時に、すぐボールを触るGKは多いです。でも、梅田の場合は、触らずに下がりながら、少し時間を作る。その間に周りの状況を判断して、的確な場所にボールを出す。バックパスを受けた時にあそこまで落ち着いていられる人は、なかなかいないです」。だから、GKもビルドアップに参加することが求められるピーター・クラモフスキー監督のサッカーに、梅田は「ピッタリな選手」なのだと言う。

昨シーズン途中までGKコーチを務めていたジェリー・ペイトン氏も、梅田について「若くて、これほど安定した日本人GKは見たことがない」と称賛していたそうだ。また、“助っ人外国人”の立場で今シーズンより加入したヴォルピは、「透吾は、練習中もとても落ち着いていて、周りに“安心感”を与えることができる選手。これから経験を積んでいけば、もっと素晴らしい選手になるだろう」と話した。

3月末に行われたジュビロ磐田との練習試合では、2本のビッグセーブを見せたが、アダウト氏は「たまたまなんかじゃない。彼にとってはあれぐらい、できて当たり前」だと言い切った。現在、新型コロナウイルス感染拡大の影響で公式戦が中断しているが、やがて再開した時には、過密日程が組まれることは避けられない。そこでチャンスを掴むために、梅田は着々とアピールを続けている。

「(クラモフスキー)監督は練習や練習試合で力を示せば、試合で使ってくれるタイプ。年齢や経験値は関係なく、『勝つため』に梅田を起用する可能性は十分ありますし、僕も早く彼をプロデビューさせたいと思っています」(アダウト氏)

梅田がプロとしてピッチに立つことは、将来性を買い、長い目で見て育ててきたエスパルスアカデミーの育成の成果の一つと言える。アダウト氏や掛川氏、ペイトン氏、羽田敬介氏ら携わったGKコーチだけでなく、チームスタッフ、チームメイト、家族、そしてアカデミー時代から応援するサポーターなど、多くの人々の支えがあって、ここまでサッカーを続けてくることができた。

「だからエスパルスには本当に感謝しかないです。関わってくれた全ての人たちに恩を返すために、『育てた甲斐があった』と思ってもらうために、早く試合に出たい」。なかなか闘志を表に出すことはないが、決して冷めているわけではない。たくさんの人からたっぷりと注がれてきた愛情は、厳しいプロの世界で戦う原動力として、梅田の心の中で強く燃えたぎっている。

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