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【インタビュー】山原怜音「エスパルスが全ての始まり。たくさんの愛情を受け取った5年間」

筑波大学在籍中の2021年に特別指定選手としてJリーグデビューし、翌年のプロ入りから4シーズンに渡ってエスパルスのサイド攻撃を担ってきた山原怜音選手。ファン・サポーターの皆さんとの関係性を何よりも大切にし、「エスパルスのために」という強い覚悟でチームとともに苦楽を歩んできてくれました。

今回の川崎Fへの完全移籍に際し、エスパルスに在籍した期間を振り返るインタビューを実施。山原選手が紡ぎ出す言葉には、静岡・清水への愛が溢れていました。

取材日:12月20日/取材・文=平柳麻衣


――特別指定期間を含めて約5シーズン在籍したエスパルスを離れることになりました。今の心境は?

「サッカー界で言うと、1チームに5年いるというのは割と長いほうではあるのかなと思います。僕は本当にみんなと仲良くしてきたので、挙げたらキリがないほど離れるのが寂しい選手ばかりです。(千葉)寛汰、(北川)航也くん、ジェラ(住吉ジェラニレショーン)くん、(蓮川)壮大くん、(高橋)祐治くん、(北爪)健吾くん、嶋本(悠大)、もちろん(乾)貴士くんや(宮本)航汰くんも……。離れる寂しさはありますけど、自分のキャリアを考えたとき、今が環境を変えてチャレンジするタイミングだなと自分で決断したので、決めたからにはもう一度選手としての価値を証明するチャレンジにしなければいけないという気持ちでいます」


――山原選手の在籍期間はクラブとしても激動の5シーズンでした。デビューイヤーのことは覚えていますか。

「本当に激動でしたね。デビュー戦のことももちろん覚えていますよ。2021年の名古屋戦で初めてメンバー入りして、その試合には出られなかったですが、鳥栖戦でデビューして90分使ってもらい、自分としても納得いくプレーができたと思っています。その翌日には大学で試合があったので、すぐ大学に戻ったのも覚えています。それから少し期間が空いて、監督が平岡(宏章)さんに代わり、残り4試合、厳しい残留争いの中で使ってもらいました。自分が何か決定的な仕事をしたわけではないですが、残留が決まる瞬間にピッチに立てていたことは今でも忘れないですね」


――しかし翌年にチームは降格。以降、シーズンオフのたびにメディアやSNSでは山原選手の移籍が噂されることもありました。どんな思いでエスパルスでプレーしてきたのでしょうか。

「1年目から毎シーズン、オフのたびに移籍の話はもらっていて、とくに1年目はJ2に降格してしまったので、自分自身のサッカー人生を考えた時、J1の舞台にいることのほうが大事なんじゃないかと考えたこともありました。でも迷った時、最後に自分の中にあったのは『エスパルスのために戦いたい』という気持ちでした。2年目も3年目もそういう決断を繰り返してきた結果が5年という在籍期間になりました。それが長いのかどうかは分からないですが、降格させてしまった責任や昇格を逃してしまった責任もありましたし、エスパルスをJ1の舞台に戻すことは最低限として、しっかりこのクラブのためにプレーしようと思いながら毎年過ごしてきました」


――在籍期間が長くなるほど、クラブへの思いは増していきましたか。

「皆さんと過ごす時間が長ければ長いほど、このクラブにいる時間が長ければ長いほど、やっぱり愛着は湧いてくるもので、時々、僕は育成出身ではないのに育成出身の人のような心境になってしまうこともあったんですよ。自分の成長だけでなく、クラブのためになることだったら何でもやりたいと思っていたから、イベントに呼ばれれば出たいと思ったし、サッカースクールにも顔を出したいと思ったし、これは実現できなかったですがユースやジュニアユースの練習にも混ざってみたいなと考えていたこともあって、『あれ?俺ってユース出身だったっけ?』なんて思ったりして。やっぱり月日を経るごとにクラブの良さも皆さんからの愛情も分かってくるから、もっと皆さんと良い関係を築きたいという気持ちは年々積み重なっていく感覚がありました」


――山原選手から見たエスパルスの良さは何だと思いますか。

「みんな言いますけど、やっぱり皆さんのサッカー愛だと思います。この街にいると本当にいろいろな人が声を掛けてくれますし、以前プライベートで都内の駅のホームにいた時、『静岡出身です。頑張ってください!』と言われたこともあったんですよ。静岡、清水という街のみんながエスパルスを生き甲斐にしている感じがすごく伝わってくるし、僕が在籍した間ではチームの成績とともに街が沈んでしまった時期も、そこから盛り上がっていく様子も味わうことができ、この街にとってエスパルスがどれほど大事な存在かということに気づかされました。


あとは、皆さん本当にサッカーを観る目が違いますよね。試合の中で今が攻め時だという時間帯をサポーターの方々が感じて応援のテンションを上げてくれたり、逆にゲームを少し落ち着かせるべき時間帯にはそれに合った応援をしてくれたり。コロナ禍で声出し応援ができなかった時は、良くないプレーをした時に溜め息が聞こえてくるのが結構プレッシャーにはなっていたんですけど、それも皆さんがサッカーを本当に理解しているからこそ。選手や監督が替わったり、サッカーのやり方が変わっても、皆さんはずっと変わらない熱量でチームが進むべき道を示してくれる。それがエスパルスの良いところだなと思います」


皆さんと勝ちロコをしたいがために勝ちたいところもあった

――5シーズンでとくに印象に残っている試合はありますか。

「まずは静岡ダービー。あの異様な雰囲気の中でサッカーができるのは、国内ではあまりないことだと思うので、すごく特別な経験だなと思いました。あとは、具体的な試合を挙げるのは難しいですけど、僕が1年目の頃は本当にホームで勝てなくて、試合が終わったらいつも下を向きながら場内を1周するような状況でした。そこからJ2も経てだんだんホームで勝負強さを出せるようになって、皆さんと笑顔で手を振り合う時間を共有できる機会が増えていったのは良かったなと思います。やはり皆さんにとってもアイスタは特別だと思いますし、アイスタの雰囲気が好きだから観に来てくださっている人もいるはず。だからこそホームで勝つとやっぱり何倍もの嬉しさがあって、皆さんと勝ちロコをしたいがために勝ちたいところもあったし、勝った試合の時は僕らがクールダウンしている間もまだスタジアムに残ってくれる人がいたりもして、そんな光景も印象深いですね」


――山原選手の個人チャントができた時にとても嬉しそうにしていたのも印象的です。

「それも忘れられない思い出ですね。プロ2年目のアウェイ長崎戦だったのですが、ウォーミングアップの時に『こんな歌あったっけ?』と思いながら聴いていたら、俺のチャントやん!って。ゴール裏だけでなくメインやバックスタンドの人たちもみんな拍手で乗ってくれる曲なので歌ってもらえるとグッとモチベーションが上がりますし、名前だけのコールよりもチャントをちょうだい!って思っていました」


――5年間でいろいろな指導者と巡り合って来ましたが、とくに影響を受けた人はいますか。

「皆さん本当に印象深いですけど、一番長く指導を受けたのは秋葉(忠宏)さんで、サッカーの根本的なものはもちろん、それ以前に一人の人間として、一人の男としてやるべきことを秋葉さんに植え付けてもらったと思います。もちろん秋葉さんからの指示もある中で、僕のポジションは良い意味で自由に任せてもらっていたところもあったので、僕と貴士くんとサイドハーフの選手だったり、FWに入る航也くん辺りでどうやって打開していくか。自分たちのアイデアを信用してもらえていたのは大きかったです。


あと、秋葉さんって本質を見抜く力がすごいんですよ。監督に就任したばかりの頃は『クラブが一つになってないじゃん』と言って、選手たちが会社の中を通って帰るルールを設けて選手と社員の距離を近づけたり、練習も毎日公開してサポーターとの距離感を縮めて『もう一回、一つになろうよ』と。試合に関しても、自分たちのやりたいサッカーができている時ほど『走る』とか『球際』、『戦う気持ち』を強調されましたし、そこへの意識が強まってしまっている時には逆のことを言ったり。情熱的でありながらすごく頭が良くて、常に今の自分たちに足りてないものを指摘してくれていたと思います。僕個人のプレーに関しても、『クロスはワンタッチだ』と口酸っぱく言われ続けて、サイドハーフがボールを持ったらどんどん追い越していけと。それが今年の新潟戦でのゴールに結びついたりして、チームに対しても僕自身に対しても、今やってほしいことを的確に言ってくれたおかげで本当に成長させてもらったと思っています」


――エスパルスで過ごした日々の成長に手応えがありますか。

「もちろんです。皆さんからしたら派手に成長したようには見えないかもしれないですし、ケガもあったり、なかなかパフォーマンスが上がらない時期もありましたけど、総合的に見て毎年成長している実感がありましたし、自分の中で課題にしていた部分は確実にレベルアップできたという自信を掴めています」


僕にとってエスパルスは一生大好きなクラブ

――様々な先輩たちとの出会いもありました。とくに影響を受けた選手はいますか。

「1人に絞るのは無理ですよ。2人なら……いや、3人……4人……うーん……まずはやっぱり(西澤)健太くん。大学時代からお世話になってて、試合に出ている時、出られない時、ケガをした時、といろいろな状況に置かれた健太くんを見てきました。苦しい時ほど人間の本性が出ると思っていて、健太くんの立ち居振る舞いや取り組む姿勢は尊敬できるものがありました。どんな感情が駆け巡ったとしても、決して投げやりにせず、やることに変わりはない。本当に大人だし、サッカー界に長く生き残っていけるのはこういう人なんだなと思いました。それはノリくん(鈴木義宜)や航汰くん、祐治くんとかもそうで、プロとして見習うところばかりでした。


あとは貴士くん。あの人の近くでプレーする楽しさはこの3年半で何度も感じてきたし、貴士くんって求める基準が常に同じなんですよね。例えば貴士くんにパスを要求された時、『今こっちに出せたでしょ』じゃなくて、『何で今の出せへんの』って言うんですよ。それっていつどんな時でも高い基準を求めてるってことだし……上手く伝わりますか?」


――「山原選手なら出せるでしょ」という期待も含まれていると受け取れますか。

「ですかね。変に気を使わず、どんな時でもその選手の最大限を要求してくる。それってすごく大事で、例えば自分の調子が悪かったり、ミスをしてしまった直後のプレーって消極的になりがちなんですよ。でも、貴士くんはそういうのを一切関係なく要求してくるから、良い時の自分にグッと引き戻してくれる。あとはシンプルにボールを通じて貴士くんの意図を汲み取ったり、分かり合いながらサッカーをできたことがすごく楽しかったですね。


もう一人挙げてもいいですか? (吉田)豊くん。豊くんとはこの3年間ポジション争いをしてきて、ありがたいことに僕のほうが出させてもらうことが多かったですけど、それでも日々の練習で豊くんのパフォーマンスが落ちるところを見たことがないんですよ。だから練習から少しでも気を抜いたら一瞬でポジションを取られるというプレッシャーが常にあったし、一対一で刈り取る力やクロス対応は豊くんからたくさんのものを吸収させてもらって、お互いタイプは違いますけど、豊くんから学んだことはサイドバックとしてこの先にも絶対に生きていくだろうなと思います」


――後輩たちの面倒もたくさん見てきたと思いますが、今後対戦が楽しみな選手はいますか。

「それはやっぱり千葉、嶋本。マッチアップで言えば、(西原)源樹も楽しみですね。やっぱり若い選手はどう自信を掴むかが大事で、僕自身も周りにいろいろ言われることで消極的になってしまった経験もありましたけど、上手く波に乗れれば周りも『どんなプレーを見せてくれるんだろう』という期待の目で見てくれるようになります。その自信を掴むためにはとにかく日常の積み重ねしかなくて、練習でできたことしか試合ではできないので、日々の練習から110%、120%でやるということを1週間、2週間ではなく2カ月、3カ月、半年、1年と我慢強く積み重ねていってほしいです。もちろん僕自身もまだまだ頑張る年齢なので、みんなに負けず、自分自身にも言い聞かせながらこれからも頑張っていきたいと思います」


――山原選手にとってエスパルスとは。

「この先死ぬまで、エスパルスが特別なクラブであることは変わらないです。高卒でプロになれなかった自分を大学経由でプロにさせてくれたクラブであり、5年も在籍し、一人のサッカープレーヤーとして育ててもらったのがこのクラブ。その事実はチームが変わろうが、選手を引退しようが変わりません。この5シーズンで本当にたくさんの方と関わってきて、それはチーム関係者だけでなくクラブスタッフやパートナー企業の方々、そしてサポーターの皆さん。今回移籍するからには、皆さんの元に名前も届かないような活躍をしているようでは本当に失礼だと思うので、『アイツ頑張ってるな』と思ってもらえるような活躍をするのが最低限の自分の使命だと思っています。


僕自身、いつかおじさんやおじいちゃんになった時、昔は清水エスパルスでプレーしたんだ、あそこは自分にとって特別な場所なんだってずっと思い続けると思うんですよ。だから、こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないですけど……皆さんがおじさんやおじいちゃんになっても、『昔は山原ってヤツがエスパルスにいたんだよ』って、ふとした時に思い出してもらえたら嬉しいですね。あと、現役を引退したらアイスタのゴール裏で観客として試合を観てみたいなとも思っています。その時はもちろん、僕もサンバを踊りたいですね」


――最後に、エスパルスサポーターの皆さんへ。

「まずは本当に5年間ありがとうございました。プロの世界に飛び込んだ自分に、プロサッカー選手って良い職業だなと思わせてくれたのも、サッカー選手としてもっと成長したいと思わせてくれたのも、エスパルスが全ての始まりです。プロキャリアをこのクラブでスタートできたこと、大学生の時にエスパルスへの加入を決断したことを本当に良かったなと心から思っています。僕は皆さんに育ててもらいました。


今回、環境を変えてチャレンジするという決断をしたことを良く思わない人もいると思いますが、この5年間、このクラブのために、このエンブレムのために日々の練習から毎日毎日チームを勝たせるために自分の全力を尽くしてきたと胸を張って言えますし、そこに嘘はありません。


僕は応援されればされるほど力を発揮できるタイプの人間なので、皆さんから応援されるには、皆さんから愛されるにはどうしたらいいんだろうと考えた時、まずは自分が皆さんを愛して、僕のほうから思いを寄せることが大事だと思いました。だから、クラブのコンテンツや皆さんとの関係性を大切にしてきました。その思いがちょっとでも伝わっていたらいいなと思いますし、僕自身は皆さんからの愛情をこれでもかというぐらい受け取れたおかげで、とても充実した5年間を送ることができました。


今後、対戦する時にはきっとブーイングをされるのかもしれないですけど、僕にとってエスパルスは一生大好きなクラブですし、清水の街も、皆さんのことも大好きです。この街とこのクラブ、この街に住む僕を応援してくださった皆さんは僕にとって一生の宝物であり、特別なものとして胸に刻んで、誇りを持ってこの先の人生も歩んでいきたいと思います。プロキャリアのスタートからかけがえのない5年間を一緒に歩んでくださって、いろいろな時間を共有してくださって、本当にありがとうございました。またサッカーを通してお会いしましょう」


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