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【STORY】 #梅田透吾 「飛躍の一年から、その先へ。愛着のあるクラブで」

日々の競争、陰での努力、悩み、葛藤……選手一人ひとりの物語を追ったコンテンツ【STORY】。今回は梅田透吾選手編です。

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12月30日配信/取材・文=平柳麻衣


相手の猛攻を耐え凌ぎ、0-0で勝点1を手にした9月23日のホーム浦和戦。試合後、中継のインタビューに呼ばれた梅田透吾は、チームメイトよりも一足遅れて一人で場内挨拶に回った。律儀な性格が滲み出ているかのように、ファン・サポーターに向かって深々と頭を下げる。ファン・サポーターもまた、この日幾度となく訪れたピンチを救ったヒーローを万雷の拍手で称えた。


「これがサッカー選手のやり甲斐か、と思いつつ、こんなに注目されて恥ずかしいなって気持ちと、こんなに応援してくれてありがとうございますっていう気持ちと、あの時はいろいろな感情が混ざっていて……でも、みんながいろいろな声を掛けてくれるのがよく聞こえてきて、それが嬉しくて、これを目指して頑張ってきたんだなって思いましたね」


「練習が楽しい」という気持ちに変えてくれた

2022年に期限付き移籍先の岡山での試合中に右ひざ前十字靭帯断裂の大ケガを負った梅田は、復帰以降、試合出場の機会を模索していた。コロナ禍の2020年にJ1デビューを飾り、翌年は岡山でJ2・28試合に出場した実績もあり、梅田のもとには何度も他クラブから獲得の話が舞い込み、その度に心を揺さぶられていた。


「ゴンちゃん(権田修一)がいて、去年からは沖(悠哉)くんが入ってきて、より厳しくなったというか、『俺はもういらないのかな』と思ってしまったこともありました。そんな時に、ケガ明け以降全然試合に絡めていない僕を獲ろうとしてくれるチームがあったのは本当にありがたかったですし、外に出たほうが良いんじゃないかと何度も考えました」


ゆくゆくはエスパルスで勝負するにしても、「大ケガ以降、全く試合に出られていない自分」よりも、もう一度外に出て「試合経験を積んだ自分」として戻ってからポジション争いに臨んだほうが有利になるのではないかと考えたこともある。


だが、悩み抜いた末、エスパルスに残り続けた。その大きな理由の一つは、エスパルスの練習環境にある。もともと「練習よりも試合をしていたい」というスタンスだった梅田を、「練習が楽しい」という気持ちに変えてくれたのが、土屋明大GKコーチだった。


「まずGKコーチが2人いるという時点ですごく良い環境を与えていただいていると思っているんですけど、主にマサさん(古川昌明GKコーチ)が次の対戦相手への対策、土屋さんが前節の失点シーンやピンチの場面の修正、といった役割分担になっていました。練習メニューを告げられたとき、僕は昔から性格的に『なぜその練習をするの?』、『そのメニューは本当に必要なの?』と次々にハテナが浮かんでしまうタイプなんですけど、土屋さんは僕の細かい質問にも一つひとつしっかり返してくれたんです。


例えばキツい練習メニューをやる日について、ただ『パワーを出したい』と言うだけでなく、『今日は瞬発系のパワーを出したい。なぜなら試合の3日前で、今日出すことによって試合当日に向けてコンディションが合うから』と説明してくれる。瞬発系のメニューの中でも筋持久的なメニューなど目的によってメニューを細かく考えてくれてあって、なおかつそのメニューの中にGKとしてのスキルアップも含まれている。で、いざ実戦形式の練習になったときに『これさっきやったことだよね』と、練習と実戦がしっかり繋がっている感覚があって、一つひとつ納得しながら練習できるのは面白いし、楽しいなと思いました」


また、ケガをして以降、どこか思い切ってプレーすることができずにいた面もあったが、コーチ陣の計らいやハイレベルな競争環境が梅田を殻から破ってくれた。


「練習量に関してはもともと自分の課題だったなか、チームのやり方やGKグループの環境的にも、『やらないと同じ土俵に立てない』と思わせられる部分はいろいろあったので、良い方向に変化できたんじゃないかなと思います」


競ってるようではまだまだ足りない

今シーズン、1999年生まれの沖が最年長という若い構成となったGKグループの競争は、熾烈を極めた。開幕から先発の座についたのは沖で、サブには猪越優惟が入り、梅田は第3節までメンバー外。しかし、3月26日のルヴァンカップ相模原戦で先発出場の機会が巡ってきた。


「開幕から出遅れて、沖くんもイノも調子は悪くなかったと思うし、どうしようと思っていたところで、本当にラッキーでしかなかったです」


3月26日、梅田はいつになくソワソワしていた。公式戦への出場は大ケガを負った2022年3月以来、3年ぶりのことだった。


「その日の午前中は、緊張というか何というか、嫌な感じでしたね。『早く試合来ないかな』みたいな。でも、会場に入ってウォーミングアップが始まった頃には『大丈夫、できる』という気持ちになれました」


試合中、負傷したときと似たようなシチュエーションが訪れるたび、当時の記憶がフラッシュバックした。しかし、それは決して「悪いことではない」と梅田は前向きに捉えていた。


「ペナルティエリアの際のところで、『これ手で取りに行ったらダメだな』と思って、ジェラくん(住吉ジェラニレショーン)とかに『ごめん』って言いながら蹴っ飛ばしたシーンが何回かあったんですよ。別に怖いというわけではないけど、危ないという意識はあって。でも、その『危ない』という意識を忘れてしまったら、きっとまた同じケガをする。今思えば、過去の自分はペナルティエリアのライン際でのプレーに対して余裕を持ちすぎてしまっていたと思うんですよね。ケガをしたことをずっと気にしすぎる必要はないし、本当に余裕があるなら手で取りに行っても良いと思うけど、ケガに対する危機管理だけは忘れてはいけないなと思います」


セーブをするたび、「危なかった」、「助かった」と呟きながら不敵な笑みを浮かべるなど、飄々とプレーするスタンスが梅田の特徴の一つであるが、3-1で勝利した相模原戦では、終了間際の失点時、周囲を叱咤するような振る舞いを見せる一幕があった。


「もちろんずっと一定のメンタルなのが自分の良さというか特徴であることは分かっているんですけど、表現力の部分は今までも言われ続けてきたことだから、もう嘘でもいいからやろうと。まぁ、あの場面は本心で無失点に終われなかったことに対するイライラが態度に出てしまった部分もあるんですけど、『今がアピールする時だ』と思いましたもん。周りがみんなギラギラしてるから、そういう部分でも周りの選手たちの影響を受けながら、自分もだんだん変化してきてるんだなと感じます。自分ももっとオーラを出していかないとって」


ルヴァンカップは2回戦で敗退するも、天皇杯3回戦の湘南戦で1−0の勝利に貢献すると、4日後のリーグ横浜FC戦で先発に抜擢。梅田にとっては5年ぶりのJ1出場となった。以降、最終節まで1試合を除いて14試合でゴールマウスを守り続けた。


「最初の1試合、2試合はもうとにかくがむしゃらに、みたいな感じだったけど、だんだんやらなきゃいけないことも増えたし、ちゃんと周りを見られるようになってきたかなと思います。自分が出場し始めた頃はなかなか勝てていない時期だったので、まずは無失点に抑えること。それで守備が安定してきたら、元々のチームスタイルどおりに複数得点を目指そうと。自分としては、なかなか点が取れなくなってしまったのは前線だけのせいだとは思っていなかったので、何とか後ろから手助けができればと思いながらプレーしていました」


梅田は試合に出続けるようになっても、次節への意気込みを聞かれると、必ず「まずは次も試合に出られるように頑張りたい」と口にし、連日、他のGK陣とともに遅くまでトレーニングに取り組んだ。「いつまた代わってもおかしくない。競争はずっとあるものなので、驕らずにやっていきたい」という危機感は、フィールドプレーヤーも含めたチーム全体に「ピリッとしながらも、ギスギスはしていない、バランスの良い緊張感」(高橋祐治)をもたらしていた。


ただ、「良い競争ができているGKグループ」という見方もある一方で、梅田は次のように指摘した。


「良い競争なのかもしれないけど、やっぱり上位のほうにいるチームは大体、キーパーは1年間を通して代わらないことが多いですよね。競ってるようではまだまだ足りないというか、お互いを高めあった結果、出続けていても誰も文句がないぐらいのレベルのキーパーがいるチームほど強いと思うから、そこを目指していかなければいけないと思います」


1年をとおして出る。その先へ

今シーズンの初め、背番号を昨季まで西澤健太がつけていた16番に変更した。


「昨季までつけていた31番は、自分がプロデビューした時からの番号でもありますし、岡山でもつけていた番号なので、大事な番号だと思っています。ただ、ケガをしてからはピッチで何も残せていなかったので、心機一転、何かを変えたいと思っていました。昨年末に健太くんが移籍すると聞き、すぐに番号変更の希望をクラブに伝えました。僕と健太くんは、2019年加入の同期でもありますから、健太くんが背負ってきた番号を空き番にはさせないぞと。実を言うと、16番はプロ入りした時からずっとつけたい番号でした。小学生の頃からずっと16番だったし、ユース時代も16番でトップ昇格を叶えることができ、良いイメージのある番号だったので」


前任者のように、どんなときもくさらずコツコツと努力を重ねてきた梅田は、「何かを変えたい」という意志のとおり、自分で状況を打破してみせた。トップ昇格から7年が経ち、アカデミー出身者に求められるものも理解しつつある。


「育成出身の自分にとってこのチームがJ1に残留できたこと、しかもそこに自分が関われたことが一番嬉しいので、そこに満足せずやらなければいけないですけど、まずはホッとしています。シーズン序盤のなかなか上手くいかない時期を経て、夏から試合を重ねることができ、確かに『飛躍の年』と言ってもらえるような年にはなったかなと思います。ただ、目指すべきところは1年をとおして出る、さらにそこから先へというところですし、今年はディフェンス陣に助けられる試合が多く、僕がもっと仕事をしなければいけないシーンはたくさんあったので、来年、再来年ともっとレベルアップしていきたいです」


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誰とでも分け隔てなく、のんびり気ままに接する梅田は、チームスタッフだけでなくクラブスタッフや記者など、様々な人と他愛のない長話をしては、「帰るのが面倒くさくなっちゃった。このままクラブハウスに泊まりたいなぁ」と言いながら帰っていく。ジュニアユース加入から12年、三保はまさに“我が家”のような場所だ。


「エスパルスサポーターの皆さんは、どんな試合でも声援で僕らに前を向かせてくれます。だからその声に応えられるように、僕らはしっかりと自分たちに矢印を向けて、ピッチで表現していけるように頑張るだけです」


苦楽をともにしてきた愛着のあるエンブレムと、プロサッカー選手になる夢を与えてくれたクラブと、そして常に背中を押してくれるエスパルスファミリーの皆とともに、梅田はまた新たな戦いに挑んでいく。


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