日々の競争、陰での努力、悩み、葛藤……選手一人ひとりの物語を追ったコンテンツ【STORY】。今回は矢島慎也選手のテキスト版です。
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10月19日配信/取材・文=平柳麻衣
昨年末、秋葉忠宏監督の続投が決まったとき、「昇格へのラストピースとして、どうしてもとクラブにかなりお願いした」と監督本人が獲得を熱望したのが、矢島慎也だった。
クラブから正式オファーが届くと、矢島はすぐに移籍を決断したという。
「秋葉さんは(リオデジャネイロ)オリンピックをともに戦った、あの大きなプレッシャーの中でチーム一体となって臨んだ“同志”のような存在ですし、それ以降も試合で対戦することがあれば挨拶に行って、『最近どうだ?』と気にかけてくれるような関係でした。もちろん山口に対するリスペクトはありますけど、俺も30歳を迎えて、残りのプロキャリアを考えたらできるだけレベルの高いところで勝負したいという思いがあったので、すぐに『行きます』と返事をしました」
昨季、山口の選手としてアイスタでエスパルスと対戦したとき、矢島は「強かったけど、すごく隙がある」と感じ取っていた。
「最初からずっと押し込まれ続けて、『これ、どうやって勝てばいいんだろう』って思いながらプレーしていたんですけど、そのうちに一個ビッグチャンスが来たんですよね。結局それは入らなかったんですけど、もし決めていれば山口が先制していたし、エスパルス側から見たらそれまでに何度もあったチャンスを決めきれていなかった。結局0-1で負けたのでやっぱり強かったとは思うけど、そういうところに気の緩みというか、まだ隙があるチームなんだなという印象でした」
結果的にエスパルスは矢島が指摘したような些細な隙から勝点を取りこぼし、「1点」に泣いて今シーズンもJ2を戦っている。
ただ、苦しい道のりではあったものの、今季は4試合を残して昇格に王手をかけるところまでたどり着いた。
いろいろな経験を積んで、より器の大きい人間になった
昨季との大きな違いは、引き分け数の少なさが表すように、難しい展開になっても勝ちきれるゲームが増えたことだ。その中で矢島は、指揮官の期待以上に大きくチームに貢献している。リーグ序盤から中盤戦にかけては、乾貴士の負傷離脱時に先発に定着しゲームをコントロール。リーグ後半は途中出場となることが増えたが、どんな状況でも試合の流れに適応し、攻撃にリズムを生み出している。
「毎年毎年、いろんな状況でいろんなポジションをやってきたので、どこで出るのがベストか聞かれても、正直自分でももうよく分からないです(苦笑)。でも、最近は途中出場が多くて、途中出場って試合を壊しかねないし、本当にめちゃくちゃ難しいから、とにかくまずは言われたことをしっかりやること。『何か上手いことをやってやろう』とするのではなくて、まずしっかり守備から入って、試合の流れを見てどういう攻撃をしたらいいのかを考えながら、託された役割を果たすっていうことを一番意識しています」
「まずは言われたことをしっかりやる」。それが徹底されているから、試合後に矢島に話を聞くと、自分自身の考えよりも「〜〜という指示があったので」という前置きから話し始めることが多い。
第34節水戸戦のゴールシーンについても同様で、後日改めて話を聞いた際、「秋葉さんはたぶん、オリンピックのときの俺のプレーのイメージがあったからだと思うんですけど、『クロスに対して逆から入っていって』という話があって、それを実行したので(試合直後に)そう言っただけです」と述べている。これも矢島なりのチームに対する“献身”の一面であり、指揮官の信頼を勝ち取る大きな要因になっている。
ただ、ここまでの矢島の活躍やチームにもたらす影響力は、秋葉監督から見ても「予想以上」のものだという。
「『スタートから試合に出たい』という悔しい想いは本人が絶対に一番強く持っているはずで、それでもどんな状況で起用されてもセンスやインテリジェンスを発揮して、結果を残している。リオ五輪の頃から良いメンタリティをすでに持っていましたけど、当時はまだ22、23歳で、そこからガンバ大阪で悔しい思いをしたり、大宮や山口でチームを牽引したり、いろいろな経験を積んで、より器の大きい人間になったなと思います。『根性』だとか『熱く』といった僕らの現役の頃とはまた違う、今の時代の若い選手たちにも響くような振る舞いや心の持ちようは本当に素晴らしいものですし、彼のような選手がいるから一体感のあるチームになるんだなと思います」(秋葉監督)
矢島は「確かにもっと若い頃の俺だったら、今の立場に置かれたら文句を言っていたかも(笑)」と言いながら、今は自身の役割を全うする覚悟を抱いている。
「今がチームにとって勝負どころだというのは分かっています。その中で多くのことを求められながら試合に出してもらえるのは、信頼されてるってことだと感じるので、結果的にチームの力になれているならそれでいいです」
自分が伝える必要がある人だけに言ったほうがいい
6月末、ホーム岡山戦前の取材で、「自分自身の注目してほしいところは?」という質問をした際、矢島は茶目っ気のある表情でこう答えた。
「俺、着替えるのが面倒くさくてウォーミングアップの時は大体いつも下は練習着ではなくユニフォームを着てるんですけど、そろそろ暑くなってきて汗でびしょびしょになってしまうので、次の試合ぐらいから練習着でアップするようになると思います! あと、ウォームアップ前にスタンドに投げ込むボールに、サインだけじゃなく自分のSNSアカウントも書いてみようと思ってます! っていうのが次の試合の注目ポイント。どう?いいでしょ?(笑)」
「成長するための使命感」として勉強熱心に海外サッカーを観ているうえ、サッカーを言語化する能力も高いため、つい「もっとチームや自身の現状についてズバッと語ってほしい」と期待を寄せてしまう。しかし、ある時期を境に、矢島はそこに一線を画すようになったという。
「ありきたりな質問で、『チームの課題は?』とか『自分の改善点は?』ってよく聞かれるじゃないですか。そういう質問に答えるのが嫌です。何で自分やチームの良くないところをわざわざみんなに言わないといけないの?って。
俺、話し始めると言いすぎちゃうところがあるから、ガンバにいた頃なんかはメディアの前でも結構言ってました。で、それを監督やスタッフ、チームメイトが目にすると、チーム批判としても捉えられかねないし、『アイツ扱いづらいな』ってなるんですよね。だったら別に不特定多数の人に見られるようなところじゃなくて、自分が伝える必要がある人だけにダメなところはダメ、良いところは良いって面と向かって言ったほうが、チームにとっても自分にとってもいいと思いました」
メディアの前で発する言葉は、自己ブランディングの一種だとも考えている。
「例えば『今のエスパルスの守備についてどう思いますか』と聞かれたとき、メディアの前で言えることはだいぶ限られてきます。その中で何とか話そうとして『前に行く姿勢が』とか『気持ちが』って当たり障りないことを言うと、今度は逆にサッカーを知ってる人がそれを見たときに『なんだ。矢島も全然分かってないじゃん』って思われる。それも俺は嫌なんです。
だから今は、自分やチームに関することはあまり話さないスタンスでいます。俺の注目ポイントも、皆さんでそれぞれ見つけてください。それもサッカーを観る楽しみ方の一つだと思うので。その分、海外サッカーや趣味のことならいくらでも話すので、全然聞いていいですよ」
あと4試合、昇格や優勝を成し遂げたときに
昇格、優勝争いもいよいよ最終盤を迎えている。これまで五輪をはじめ大舞台を経験してきた矢島は、「こういう状況だからこそ、いつもどおり」に試合に臨むことが大切だという。
「この時期になるとどのチームも昇格やプレーオフ、残留が懸かってきて、どれも難しい試合になります。まずは気持ちで劣っていたらダメだけれど、気持ちがあれば勝てるってわけでもない。気持ちと戦術と技術。すべてのバランスが整っていることが大事になると思います。その中でどれだけやるべきことを普段どおりにちゃんとできるか、ですね」
今季、『清水エスパルス』というクラブをチームの中から見て、感じたことがある。
「もちろんエスパルスのことはこれまでも対戦相手として見てきて、漠然と『サッカーの街』というイメージはあったけど、静岡という街でこんなに愛されているとか、東京でホームゲームをやったらこんなにたくさんの集客ができるとかは知らなかったので、やっぱりすごいなって思いました。ここまでクラブと街が一体となっているのは特殊ですね。あとは応援も独特で面白いですし」
ただ、「エスパルスに来て良かった」と思うには「まだ早い」という。
「それはあと4試合、昇格や優勝を成し遂げたときに改めてしっかりと感じたい。このチームに貢献できて良かったなと思うために、あと4試合、自分の立ち居振る舞いとチームの結果で示していきたいです」
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