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【STORY】#乾貴士 「『ほんまに特別なクラブ』…37歳の“サッカー小僧”がエスパルスで示し続けた成長意欲」

日々の競争、陰での努力、悩み、葛藤……選手一人ひとりの物語を追ったコンテンツ【STORY】。今回は乾貴士選手編です。

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12月5日配信/取材・文=平柳麻衣


どんなにスーパーなプレーを披露しても、彼からは大抵同じような言葉が返ってくる。

「たまたまですよ。たまたま上手いこといっただけ」


例えば5月25日に行われたホームでの神戸戦。相手選手を2人股抜きし、北川航也のゴールをアシストしたプレーに関しても同様だった。

「もちろん股抜きは狙ったけど、1個目なんかは(酒井)高徳の足に当たってるので、もし当たってなかったらカバーに来ていた選手に取られていたと思う。たまたまが重なっただけ」


彼の主張はこうだ。「もう一度同じプレーをしろと言われたら、それは難しい。再現できないプレーだから“たまたまです”と答えてるだけなので」


しかし、たとえ偶然が絡んだプレーだとしも、その美しさや技術の高さに魅了され、その一瞬のプレーを観たいがために多くの人がスタジアムへ足を運ぶ――。


乾貴士のプレーには、人を惹きつける力がある。


あの年で辞めていたかもしれない

今シーズン、クラブとともに乾自身も3 シーズンぶりにJ1の舞台に戻ってきた。ここまでリーグ戦全37試合に出場しているのはチームでただ一人。ケガによる欠場も、警告や退場による出場停止もない。アウェイ横浜FM戦、アウェイFC東京戦、ホームC大阪戦で決めた3ゴールをはじめ、様々なスタッツ面でも存在感を示し、37歳となった今もなおJ1で“戦える”自信を得た。


「もちろんチームがもっと上に行ければ最高でしたけど、みんなで残留という一つの目標は達成できましたし、自分自身も久しぶりのJ1で出し続けてもらって、全試合出場という人生の一つの目標も、プロキャリア初の達成まであと1試合。プレー内容としては、シーズンの前半戦はある程度自分自身のやりたいことが思いどおりにできていたし、チームとしても上手くいっていた感覚はあります」


なかでも印象に残っているのは「ホームの広島戦や神戸戦。やっぱりレベルの高い相手と対戦できたのは楽しかったですね」と振り返る。個人のプレーでは、「ホームの川崎フロンターレ戦で(宇野)禅斗に出した股抜きのスルーパス(55分)なんかは、自分の中ですべてが完璧やったなと思います」と挙げた一例をはじめ、随所にスペシャルなプレーを散りばめてきた。


シーズン後半戦は先発を外れる機会も増えたが、それでも出場が途絶えなかったのは秋葉忠宏監督からの信頼があってこそ。「スタメンを外れれば、そりゃあ悔しくてたまらんよ。見返したいとも思う。でも、一番大事なのはチームが勝つことやから」。内に秘めた想いはピッチの上で晴らすことに注力した。


「一昨年、サイドでのプレーに限界を感じていた時、秋葉監督がトップ下で使ってくれるようになったから、俺はこの歳までサッカーを続けて来られたし、真ん中のポジションの楽しさを分からせてくれた。それがなかったらあの年で辞めていたかもしれないし、またこのJ1の舞台に帰ってくることもできなかったかもしれない。そこはほんまに感謝しかないし、選手寿命を延ばしてくれた存在ですね」


選手の自主性を重んじる秋葉サッカーにおいて、乾は司令塔としてチームを牽引してきた。例えば第34節川崎F戦(3−5で敗戦)。立ち上がりから失点を重ねたチームに対し、乾はピッチ内外へアプローチを行っていた。


「1失点目の時はまだ時間も早かったので、とりあえずこのまま行くけど、ただ脇坂(泰斗)に入れられたところからだったので、そこをどうやって捕まえるかをセンターバックで話し合ってと言いました。その後も失点が続いてしまい、3バックのままがいいのか4バックに変えたほうがいいのかはずっと頭の中にあって。3枚のままでも攻撃面はチャンスを作れていないわけではなかったし、ボールを持てる時間帯もあったから、前は自分たちがしっかりやることをやれば大丈夫かなと。


でも、やっぱり守備のところは何か変えないといけないと感じていた中で、前半の残り時間が短くなったところでベンチに『4で行きたい』と言いに行きました。秋葉監督がこれだけ自由にやらせてくれたから、自分としてはやりやすかったですし、だからこそ自分が良いと思ったことは伝えて、そこでもし誰かから違う意見が出てきたらまた考えればいいやと思いながらやっていましたね」


どうやったら今日より上手くなるかを考える

3週間のリーグ戦中断期間を挟んだ11月、「指定選手のみ」のトレーニング日が2日間設けられた。スタッフから指定された若手中心のメンバーが三保グラウンドに集まった中に、チーム最年長である乾の姿もあった。その理由を次のように明かした。


「休むと不安になるんですよ、俺自身が。普段も連休があったら試合の翌日は休むけど、その次の日はジムに行って身体を動かすようにしていて、今回は5連休というのもあってボールを使う感覚やサッカーの動きの感覚が少しでもなくなるのが嫌だったから、他の選手も練習するなら入れてもらおうっていう感じで」


「ほんまにストイックな人に比べたら、俺は全然ストイックじゃないほう」と謙遜しながらも、今シーズンを大きなケガなく稼働できているのは、本人の意識によるところも大きい。


「骨折とかはどうしようもないケガだから仕方ないとしても、筋肉系のケガというのは何か自分自身や私生活に問題があることが多いかなと思います。去年、筋肉系のケガを一回やって、『ここまでやってしまうと自分の限界を超えるんやな』というのが分かったのは良い経験になったなって。それを年齢のせいにしてしまうのは簡単やけど、たぶんそれだけではない。だから自分の中の調整法を見つけたくて、それが今年は上手くハマったなという感じですかね。


ただ、毎年同じ方法で良いとは思わへんから、来年はまた何か変えなあかんかもしれないし、試行錯誤はずっと続けていかないといけない。秋葉監督もよく言うけど、俺らは第一にサッカーを考えないとあかん職業やから。何か違うことが優先されてしまうと、それはおかしい。こんな自分の好きなことができる職業ってないと思うから、サッカーを続けるためならそこはこだわり続けたいとは思いますね」


ロシア・ワールドカップでの2ゴールをはじめ、日本を代表するレジェンドである乾。しかし、事あるごとに「俺なんて全然……」というフレーズを発する。


「ずっとそう思いながらサッカーをやってきたわけではないです。いつからやろ……? たぶん、自分より上手い人を見過ぎてきたから。海外でもそうやし、日本代表でも自分より上手い人がいない状況がなかったから、その辺から『上には上がいる』って思うようになったんかな。もちろん『ここではコイツに負けてないな』と部分的に思うことはあるし、いざ試合になったらとにかく勝つことだけを考えてますけど、試合が終わって冷静になったら、やっぱり俺はまだまだやなって思う」


その「まだまだ」という成長意欲が、乾をかき立ててくれている。


「別に誰かに勝とうとは思ってない。それは変な勝負の仕方やから、そうじゃなくて、自分がどうやったら今日より上手くなるかを考えるかな。そのために休みの日、他のみんなは休んでるやろうけど、俺はちょっとでも上手くなって、自分より上手い人たちに追いつけるために頑張ろうって。例えば(香川)真司は俺にとって一つの指針というか、昔からずっと敵わへんなって思い続けてる人なんやけど、追いつくためにはどれだけ自分が上手くなれるか。結局は自分との戦いやと思いながらやってます」


ここで引退することがベストやったけど…

2022年夏にエスパルスへ加入し、3年半。気づけばエスパルスは、乾にとって特別な場所になっていた。


「日本平はエスパルスに加入するまで縁がなくて来れてなかったんですけど、最初にピッチに入った時から『すごいな』と思わせてくれるような雰囲気とピッチの良さ。すごく心強かったし、やりやすかったですね。俺が加入した時はまだコロナ禍の終わりかけの頃やったから入場者数の制限とかもあったけど、そこからどんどん満員になっていった中でサッカーができたことも幸せだったし、もちろん悔しい想いもいっぱいして、サポーターの皆さんにも悔しい想いをさせてしまって、勝ちも負けも全部が自分の中では印象的です。


チームメイトにも感謝しかないです。こんなうるさい最年長になかなか言い返す勇気もなかっただろうけど(笑)、みんな付き合ってくれて。ほんまに最高の4シーズンを過ごさせてもらいました。ほんまに特別なクラブやから、悔しいし、寂しいし、もっとここでいろいろやりたかったし、ここで引退することがベストやったけど、そうはならへんから……」


12月2日、今シーズン限りでの契約満了による退団がクラブから発表された。「40歳まで現役を続けられたら」と思い描く乾は、これから別の道を歩むことになる。「俺がほんまに苦しかった時期を助けてくれたのがエスパルスと岡山」。その岡山と最終節、大好きなアイスタで対戦する。


「最後にサポーターの方に俺の大好きな『ゲットゴール』を歌ってもらえたら最高ですし、そうできるように俺は点を取りに行きたいなと思います」


試合後のシーズン最終戦セレモニーでは、退団の挨拶も予定されている。

「何を話そうか考えれば考えるほど、泣きそうになるんですよ。なので今はまだ勘弁してください。泣くのはセレモニーの時だけにしたいので」


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退団が発表された後のインタビューで、寂しさを紛らわすためか、乾はポツリと言った。


「レジェンドなんて今は言われても、退団して少ししたらみんなすぐ忘れるやん」


ともに歩んだ4シーズンは、サッカーを観る感動や興奮を乾が改めて示してくれた日々でもあった。

乾にボールが渡れば、どんなプレーを魅せてくれるのかというワクワク感でスタジアムのボルテージが一気に上がった。降格の悔しさも、昇格の喜びも、再び帰ってきたJ1の舞台で目標に向かって戦った日々も、彼が見せてくれた光景はすべて色褪せることはない。『ゲットゴール』のチャントで一体となるアイスタの雰囲気も最高だ。


三保グラウンドに誰よりも大きな声が響き渡るのも、チームメイトたちと楽しみながら最後までみっちり自主練習を行う“サッカー小僧”な一面も、無邪気な笑顔とともに皆の心に焼き付いている。


クラブの歴史の1ページを彩ってくれた乾貴士は、紛れもないエスパルスのレジェンドの一人として、これからも愛され続けるだろう。


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