日々の競争、陰での努力、悩み、葛藤……選手一人ひとりの物語を追ったコンテンツ【STORY】。今回は吉田豊選手編です。
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4月27日配信/取材・文=平柳麻衣
時計の針は間もなく後半の45分を指そうとしていた。交代ボードに「28」が示されると、吉田豊は代わって投入される山原怜音を満面の笑顔で抱きしめ、力強く背中を押してピッチへと送り出した。前節福岡戦での一場面だ。
「ケガは怜音に限ったことではないけど、しっかりとリハビリを頑張って帰ってきてくれたので、『怜音、おかえり!』って。同じポジションの選手だからこそ、より強い意味を込めての『おかえり』でしたけどね、僕にとっては」
ポジションを争う立場同士ではあるものの、「誰をどう起用するかは監督が決めること」と認識しているからこそ、良いライバル関係を築くことができている。
「やっぱり怜音は自分にないものをたくさん持っているし、素晴らしい選手だから、常に勉強だと思ってプレーを見て学ばせてもらっています。ただ、もちろん自分も試合に出たいという気持ちは負けていない。怜音だけでなく(北爪)健吾や(高木)践なども含めてうちにはサイドバック、ウイングバックができる選手がたくさんいるので、みんなが良い選手、みんなが良いライバルだと思っています」
“自分の色”みたいなものはしっかり持っておくべき
3月26日のルヴァンカップ相模原戦を皮切りに、約1カ月に渡って続いた8連戦。ディフェンスラインやサイドの選手にケガ人が出た影響もあり、吉田は8試合中7試合出場とタフに戦い抜いた。「正直、身体は疲れていますよ」と本音を漏らしつつも、その顔は充実していた。
「この疲れを経験するのも、厳しい状況をチームのみんなで乗り越えながら勝利の喜びを味わうのも、本当に素晴らしいことですから」
35歳になった今も、コンディション維持の秘訣は「よくご飯を食べて、よく寝ること」。至ってシンプルだが、「良いコンディションでい続けられるような魔法の薬なんてないですから、食べなきゃダメ。逆に言えば、俺は他人よりしっかり食べているし、それに尽きます。でも別に無理して食べているわけではなくて、腹が減るから食べるだけ。ストレスを溜めないことが一番大事という考え方は若い頃からずっと変わらないですね」
「デュエルの部分の勝負になる」と見越していた前節福岡戦でも、対人の強さを随所に発揮し、チームの勝利に貢献。「自分の強みのところで絶対に負けてはいけないという気持ちで臨んだし、それが実現できて良かった。まだまだできるのかな、なんて自分を奮い立たせるようなものを感じられました」と試合を振り返った。
「もちろんチームスポーツなので、自分の我だけ出してはダメだしバランスが大事ですけど、やっぱり“自分の色”みたいなものはしっかり持っておくべきなのかなと思います」と語る吉田が武器だと自負する対人の強さは、時に「守備職人」と称されることもある。
「自分としては“守備職人”という意識はないですけど、まず僕の理論として、サイドバックは守備ができないといけない。まずは守備がしっかりできたうえで、尚且つプラスアルファで攻撃に厚みを持たせたり、得点に絡むプレーを見せていく。守備を疎かにして攻撃に行くつもりはないので」
「サイドバックはまず守備から入る」という考えが身についたのは、静岡学園高校から甲府に加入してプロキャリアをスタートさせたばかりの頃。そして、ある人物との出会いが吉田の特徴にさらに磨きをかけてくれたという。
「プロ2年目ぐらいからコンスタントに試合に出させてもらうようになり、試合を重ねれば重ねるほど守備の大切さを感じるようになりました。守備の仕方も年々いろいろと学んでいく中で僕にとって大きかったのは、鳥栖でマッシモ(フィッカデンティ監督/当時)と出会ったこと。頭を使うこと、身体の向き、ポジショニングなど、守備に関する根本的なところから全部教えてもらいました。僕自身も守備についてもっと知りたいと思っていて、マッシモのサッカーもそこにストロングポイントを持つスタイルだから、それがマッチしたのが良かったのかな。チームとして口酸っぱく言われるだけでなく、個人的にも分からないことがあれば聞きに行って1対1で教えてくれることもありましたし、得られるものはものすごく大きかったです」
若い頃から積み上げてきた様々な経験が、3シーズンぶりにJ1を戦う今の吉田の自信につながっている。
「カテゴリーはあまり気にしてないですけど、やはりJ1では1対1の場面が増えるので、それは自分にとって都合が良いというか、自分の良さを際立たせやすいのかなとは思います。自分自身もやっぱりもう一度J1という素晴らしい舞台で自分の実力を証明したいという気持ちで今シーズンに入って、もちろんまだまだ通用しない部分もありますけど、『やれる』という感触を得られる時もありますし、それを楽しめていることが今、すごく幸せです」
自分の中で燃え上がる部分が出てきた
そして秋葉忠宏監督の下でも、吉田はまだまだ進化を続けている。プレーにおいては、攻撃面でも成果を残すこと。時折見せる攻撃センス溢れるプレーには、「俺もあんなことができるんだ」と自分自身に対して新たな発見があるという。
「あとはやっぱり今季に限らないですけど、前に出ていくべきところはしっかり行かないと、秋葉監督に怒られますからね(苦笑)。そういう走力やタフさみたいなものはチームとともに年々、強度を上げられていると実感できています。自分のスタイルで勝負するだけでなく、チームにとってプラスになるように毎年変化していかなければいけないし、立ち止まってしまったら、プレーの質も体力的な部分も落ちてしまいますから、そこはしっかり意識しながら取り組んではいます」
一方、メンタル面では、昨季の一年間をとおして「我慢強くなった」と実感しているのだという。
「それはサッカーもそうですし、日常も、オフ・ザ・ピッチも含めて全てにおいて。とくに僕の場合、昨季は途中から試合に出ることも多かったから、やりたいことができない時間帯もあるし、例えばラスト5分でリードしていたらどんなことがあっても守りきらなければいけない、とか。『今この時間に必要なもの』は何かを常に考えるようにしています」
吉田は昨季のチーム始動当初、「今までは背中で見せることが多かったけど、今年は言葉でも発信していくことに挑戦したい」と抱負を述べていた。そして昨シーズンが終わった時、また新たな自分を見つけることができたという。
「どう伝えたら受け取ってもらえるのか。もちろん僕が言うことが全部正解というわけではないので、受け取り方は相手次第ですけど、たくさん試行錯誤しながら自分が伝えられることはたくさんできたかなと思っています。ときには優しく伝えるのも、厳しく言うのも必要で、選手によっても伝え方は全然変わる。そうやって自分の意見を言葉に出すことが増えていったら、例えば試合中、落ち着いているばかりでなく自分の中で燃え上がる部分が出てきたりもして、まだまだ自分にもそういう一面があったんだなと感じることができました」
やるからには100パーセントで
クラブ公式YouTubeの人気コンテンツ『勝利飯』では、いまや“主役”と言えるほどキャラ立ちし、昨季ホームゲームイベントで実施された「イケメン総選挙」では栄えある1位に輝いた。ピッチ内外で愛されキャラの地位を築いた吉田には、ブレない信念がある。
「本当にすべて全力でやっているだけですよ。『勝利飯』もイベントも、こういった取材対応も、やっぱり協力できることはしたいし、やるからには100パーセントで。楽しさが求められているならそれに応えたいし、真面目な受け答えが必要ならしっかり真面目に答えますし、全部を100パーセントでやってきた結果が今につながっているのかなと思っています。なかには『いい歳こいて、アイツ何やってるんだよ』という受け取り方をする人もいるかもしれないけれど、受け取り方は人それぞれだから、自分はやれることをやるだけ。
そういった面で影響を受けたのは、今はもう引退してしまいましたけど、鳥栖時代の先輩の高橋義希さんかな。僕とはキャラが違いますけど、練習態度はもちろん、ピッチ外でも一つひとつのイベントに全力を尽くす姿は勉強させてもらいましたし、これが本来あるべきプロの姿なんだなというのを学びました。すごく人格者だから今でもたまに相談に乗ってもらうこともあるし、見習うべきところがたくさんある人ですね」
「自分が試合に出ても出られなくても、チームが負けた時の悔しさや勝った時の喜びはみんなと一緒」と、常にチームを最優先に考える吉田の姿は、エスパルスの後輩たちにとっても良き手本になっていることだろう。
ピッチ内外で貢献する吉田に、今シーズン、サポーターが新たな個人チャントを作ってくれた。
「若い時ってやっぱり応援してもらってただガーッとモチベーションが上がるぐらいだったんだけど、今はそれだけでなく、サポーターの皆さんが歌詞に込めてくれた意味とかまで考えるようになって。直接サポーターの方に聞いたわけではないから分からないんだけど、もしかしたら僕の日頃の姿勢の部分なんかも汲み取ってくれたのかな、なんて。僕はそう受け取ったから嬉しかったし、こういう歳になると……なんて言うとジジ臭いから嫌なんだけど(笑)、一年一年積み重ねてきたからこそ見えてくるものってありますよね。それが人としての“深み”って言うのかな」
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2012年から2014年までエスパルスに在籍し、その後、鳥栖、名古屋を経て2023シーズンに再び地元静岡のエスパルスに帰ってきた。
「前に在籍していた時はナビスコカップ(現ルヴァンカップ)で決勝に行ったけどタイトルを逃してしまった、という経験があったので、昨季はJ2とはいえ優勝という目標を達成できたのはすごく良かったなと思っています。もちろんJ1にずっと残っていきたいし、タイトル争いもしたいし、勝負はまだまだこれからです」
そんな吉田にとって、エスパルスとは。
「一度離れたからこそ、自分が年齢を重ねたからこそ分かる良さもあるし、大切な場所、大切なチームだなと思います。もう自分にとってはなくてはならない存在だし、できることなら一生居たいよね。そういう素晴らしいチームに今居られることに常に感謝して、自分ができる100パーセントで貢献し続けたいです」
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